<歴史が動いてヒストリ庵~エンシューの衆ら~3> 第五章vol.18【エンシュート!スルガ】

ケヴィン

2017年12月15日 11:57

今川了俊は96歳になろうとしていた。
今では長寿だねと一言で済んでしまう話であるが、位の高い者の平均寿命が40~50歳ぐらい。
全体で見れば、戦やそれに伴う不作などで平均寿命20歳前後という時代において了俊の年齢は異例である。 
何も言わず指示のみに従ってきた足利義満はもうすでにいない。
執拗に自分を蹴落とす策略を仕掛けてきた斯波義将も先に逝った。
今まで溜め込んできた不平不満をつらつらと書き記した。
「太平記」の対としての意味合いで「難太平記」とした。
それとは別に後の今川家がどのように進んで行かねばならぬのかを、言わば家訓と言えるべき物を残そうとした。
すでに了俊は立つ事もままならず、以前から動かなかった右腕は肩からすでに動かない。
彼は自分の死期を悟り、文字通り必死の思いでそれを記した。
そしてそれを託すため仲秋と貞相を寝床に呼んだ。
「多分そろそろお迎えが来る。」
弟の仲秋と孫の貞相は、涙をぐっとこらえた。
「お前たちにこれを授ける。今後100年、今川家が生き残るための理じゃ。
ただ思うたことを書き込んだ。それを成すかせぬかはお主ら次代のものにまかせる。」
そう言って手にしていた巻物を仲秋に託した。
彼は貞相を下がらせると仲秋と二人きりで話をした。
どれくらいの時間が経っただろうか、そっとふすまを開け粛然の面持ちで仲秋が出てきた。
「兄上は逝かれた。。。」
口うるさいご意見番がようやくいなくなったと宗家はほくそ笑んでいるだろうが
少なくとも、了俊の思いを同じくする仲秋と貞相は心から涙した。
彼から託された書状、後に「今川状」と呼ばれるそれは上に立つ者の心構えが記されていた。
【今川状~箇条~】
〇文武両道でなくては勝利は獲得できない事。
〇鵜や鷹の様に好き勝手気ままに殺傷を楽まぬ事。
〇小罪の場合、真実を明らかにし命令が下るまで死罪を遂行してはいけない事。
〇大罪の場合、ひいきして罪を免除してはいけない事。
〇民が疲弊する条例(横領)により神社が栄華を得てはいけない事。
〇私用より公務に重きを置けば国は椋の様に天道へ伸びてゆく事。
〇先祖の寺塔を大事にしない者は、いずれ今ある家も朽ちていく事。
〇君主に対する忠義と親に対する孝行を重く心に留め忘れてはいけない事。
〇臣下の者は善悪の判断を有し賞罰に曇りがない事。
〇対立した場合、自分の保身を企て他を踏み台にせぬ事。
〇身分において、それ以上でもそれ以下でもない事。
〇賢い家臣を嫌い媚びる家臣を愛でて政を行わぬ事。
〇非道を行けば富は得られず、正道を行けば衰退は無く驕らず進む事。
〇酒や娯楽に浸り過ぎて家の職を忘れてはいけない事。
〇己の利発を過信し迷い諸般をあざけぬ事。
〇来客の際は病と偽り対面を拒否せぬ事。
〇武具や衣装、己は過分な事をせず、臣下を見苦しくせぬ事。
〇他に施すことをせず独占をする者には隠居を命じる事。
〇身分の高い者の不道理によって安寧な暮らしが脅かされぬ事。
〇出家男衆は全てにおいて礼節をわきまえる事。
〇国をまたいで往来をする旅人を煩わしく思わぬ事。
〇家臣が己の事を慮る様に己もまた家臣に同じ様に接する事。
これを胸に貞相は心新たにし、仲秋はもまたそれを補佐せんと信念を強くしたのであった。



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