今川仲秋が突然宗家であるスルガ今川館に怒鳴り込んできた。
丁度その頃、和歌をたしなんでいた今川泰範はあまりの血相に度胆を抜かれた。
仲秋の怒りは頂点をはるかに超えているらしく、額が当たるぐらいまで近づいて泰範を睨む。
あまりの感情の差に、思考が追い付かず泰範はただただアワアワとするだけだった。
「叔父上、、、、な、な、何様でござりますか?」
泰範の彼が怒る理由が何なのかわからないその態度に、いよいよ手が付けられなくなった。
仲秋はおもむろに刀を抜き泰範の鼻先に突き付ける。
辺りは騒然となり、一気に空気が氷りつく。
騒動を聞きつけ家臣達も駆け付けるが、仲秋の気迫に体が動かない。
「おい、無能の馬鹿よ。お主は馬鹿な上に恩を仇で返す妖(あやかし)の類か!?
今兄上はお主の告げ口で生死の瀬戸際に立たされておる。」
「そ、そ、そ、それは、、、室町殿に弓引く者は誰とて、、、。」
「お主、この件、エンシューとスルガの完全守護の打診を受けていたそうだな?
自分の欲に溺れて一門の者を売り飛ばし名を汚すか!大馬鹿者が!。」
仲秋はまことに泰範を斬らん勢いで刀を振り上げる。
女中の叫び声と共に今川泰範は手を合わせ、なさけなく命の懇願を始めた。
「すみませぬ、すみませぬ、すみませぬ、すみませぬ、すみませぬ、すみませぬ、
両叔父上の小言がうるさくて、自分一人でも統治できるという事を証明したかったのです。
もうしません、もうしません、もうしません、もうしません、もうしません、命だけは、、、」
仲秋は、「はぁ」とため息をし呆れた様子で刀を裏返し泰範の肩にドスッと降ろした。
重量のある刀はそれだけでも痛いが、顔のすぐ横に一瞬で斬れるであろう刀の刃紋が
ユラユラとしている様にさぁーっと血の気が引き、冷たい汗が流れた。
「儂たちは権力など求めてはいない。室町殿に反旗を翻す事も考えておらぬ。
お主が一人で守護を務めたければ何も言わぬ。だが、兄上の命が帰ってこぬば、、、、
躊躇なくお主を殺す。」
仲秋は本気である。その本気に宗家当主である今川泰範は負けた。
その後、今川泰範の懇願もあり了俊の命は守られた。
結局、了俊と仲秋は守護職を改易させられ今川泰範が全てを務める事となった。
了俊の発言力はさらにちいさくなったが、これもまた一興と彼自身は納得していた。
だが、周りの評価は落ちぶれたという見方でさらに尾が着き鰭が着き、
「九州でエンシュー者を卑劣に突撃された悪将軍。」だとか
「室町殿に弓を引いた今川家のつまみ者。」だとか
「人の心を弄ぶ、冷徹な鬼。」だとか、大きな魚群となって泳いでいった。
その様な噂に了俊は気にもとめなかったが逆恨みで襲われることがあった。
息子の忘れ形見、今川貞相も幼いこともあり橋渡しの役割で仲秋が養子になっていた。
了俊は拒んだが、仲秋のガンとした意志に応じる他なかった。
現に九州で痛めた了俊の右腕はすでに使い物にならなかった。
~月日は立ち~
そしてそろそろ了俊にもお迎えが来る頃。
彼は仲秋と貞相を寝床に呼んだ。