※これはあまりにもフィクションです
※歴史認証はされておらず、あくまで個人の見解です。
五郎太夫は故里の二俣に戻ってきた。
国府見附に出向して行年が過ぎただろうか、
それでも山や川、草木に至るまで昔と変わらない情景を前に胸が熱くなった。
「おぉ~五郎太夫様、お帰りですか?」
「よくお戻りになられた。」
「五郎太夫様。」「ありがたきことなり。ありがたきことなり。」
久しぶりにかの地二俣に帰ってきた訳だが
住み人達は変わらず彼を慕っている様である。
かつて住んだ家には今、隠居した父上、そして母上、それに使用人の数人が住んでいる。
五郎太夫は、蒔を運んでいた使用人に声をかけた。
「おぉ大谷乃内!久しぶりであるの。息災であるか?。」
懐かしい声に彼は驚いた。
「あぁ五郎太夫様。お久しぶりでございます。私はこの通り元気にございます。
五郎太夫様もお元気そうで、ご立派になられて。」
「そうであるの、子供の頃はよく叱られたものだ。
あ、いや、、ゆるりと四方山話に花を咲かせたいのは山々なのだが、急がある。」
「へぇ、急でございますか、何でございましょう。」
「大谷乃内、この村に帰郷しているという弾正殿は知っておるか。」
「へぇ、弾正殿でしたら外れの家で農作業をしておりますが。」
「そうか、、、、すまぬが、そこへあないしてもらへぬか。」
「かしこまりました。」
彼に連れられ二俣川のほとりにポツンと一軒だけある家に到着した。
「助かった、また折りを見て語り合おうぞ。」とお礼を言い大谷乃内と別れた五郎太夫は門をたたく。
すると奥からかすかに声がし、杖を持った老人がゆっくりと現れた。
農作業のせいか体は泥まみれで、汚れた頭巾で鼻と口を覆っている。
さらに言えば、住まいは質素な殻ぶき屋根の家で高貴な家に仕官していたとは思えない暮らしぶりである。
「どなた様でございましょうか?」
「弾正殿とお見受けいたします。私、遠縁にあたります二俣五郎太夫と申します。
本日は弾正様のお力添えをお願いしに参りました。」
「おぉ、五郎太夫殿ですか。噂はかねがね、、、はて?私に助けをと、、
まぁ汚いですが、まずは上がってくだされ。」
快く家に通され囲炉裏場に腰かけた五郎太夫は、今までのいきさつと娘の中に宿る子の安寧を懇願した。
「なるほど、それは難儀な事でございました。されど。。。されど、私がもう少し、、、
いや、あなた様の様に若ければ、まだしも。菅原公への御奉公を終え数余年、、、
世捨て人の暮らしをしております。今は毎日生きていることが大事なのでございます。」
「子を捨てるなどと、理不尽な事。何か何か、なにとぞお力添えお願いできませぬか!」
声を荒げた五郎太夫に、老人弾正はそっと首を振った。
彼が何度も何度もお願いをするのだが、弾正はついに首を縦に振らなかった。
五郎太夫は、もうこれは叶わぬと諦め肩を落とした。
数日後、見附に戻った彼は娘に侘び少し抜け殻なった。
さらに数日が過ぎたころの事。
見附の家にあの使用人・大谷乃内が訪れた。
弾正の言伝で、娘と一緒にもう一度訪ねてほしいというのである。
今更何事かと五郎太夫は思ったが、彼はそれを承諾した。